市議団の活動

福島県いわき市で被災者の要望を聞いて

2011年06月12日

5月23日~27日の5日間、日本共産党神戸市会議員団の山本じゅんじ、西ただす両議員と、新しく当選した赤田かつのり、味口としゆき両氏が、福島県いわき市を訪れ、ボランティア活動をおこないました。地元県議や党員、兵庫のボランティアと一緒に、避難所や被災した個人の住宅などを訪問し、被災の状況や要望などの聞き取り、情報提供などを行いました。参加した山本議員からの手記を紹介します(「兵庫民報」6月5日付に掲載されたものを一部修正)
私たちが活動したのは勿来(なこそ)地区と小名浜(おなはま)地区の二つの地域。この地域が位置するいわき市南部では、3月の大震災に加えて、4月11、12日の二度にわたる大きな余震で、さらに被害が広がっているのが特徴です。

「生活のめどたたない」の声多数
勿来地区では、避難所も訪問しました。地区内3カ所の避難所で、合計100人以上の方が生活。津波の被害に遭った方、地震で家を失った方など、被害は様々です。
避難所では、長期にわたる生活で、食事やプライバシーの問題、これから暑くなるにしたがって入浴や洗濯、食品の保存など、暑さ対策が求められていました。津波被害で自家用車が流出、残った車でお互いにやりくりしながら何とかしのいでいる、という声も聞きました。また、避難所からは入浴施設も遠く、入浴もわずか15分という時間制限も。すでに避難所生活も2カ月。住居に住めなくなったうえ、失業、原発による被害も加わって、これからの生活のめどが立てられない、そういう声が多数でした。
個人の住宅への訪問は、勿来地区、小名浜地区ともに行いました。地域によって被災の状況は違うものの、どちらの地域も津波被害を受けていました。家屋の流出にまでは至っていませんが、床上・床下浸水が相当な規模で広がっていました。
小名浜の神白地区では、すぐ近くに海岸があり、海に接して建てられていた高校は津波の直撃を受け大破。川を逆流した津波によって、周囲の家屋が浸水しました。この地域はこれまでにも大雨などで年に数回、浸水を繰り返しているとのことで、土地のかさ上げをしている家屋もありました。それにもかかわらず、床上浸水。渦を巻いて水が流れ込み、「まさかここまでくるとは思わなかった」と話していました。
神白地区には雇用促進住宅があり、50世帯分の二次避難用の住戸が確保されていました。すでに数世帯が入居していたものの、本格入居はこれからといったところ。ある住宅では、とても狭く、3人で入居したうち一人は押し入れで寝ているとのこと。別のお宅では、夜に酸素吸入しているので、家族の眠るスペースが確保できない、おとな4人で無理やり生活している家もある、とも聞きました。
支援や制度など必要な情報が不足
被災の規模からすると訪問したお宅はわずかです。しかし、その中からも様々な問題点を知ることができました。
特に、必要な情報が不足しているということ。どんな支援制度があるのか、どこに相談したらいいのか、と聞かれることもしばしばありました。制度をまとめたパンフレットなどを手渡し、説明するととても喜ばれました。また、被害が小さかったからと罹災証明の申請をしていない方や、罹災証明をとることを知らない方もおられました。被害の大小にかかわらず申請することや、罹災証明がないと、あとでいろいろ困るからと申請を促すなど、直接訪問してお話をお聞きすることで必要な対策が見えてきます。私たちの訪問活動は、「(他の)地元の議員は姿を見せない」と住民の方々が不満を募らせている中で「よく来てくれた」「共産党さんだけです。まわってくれるのは」と大変歓迎していただきました。
地元の党の県・市議をはじめ、党組織の奮闘をいかしていくためにも、訪問活動で被害の状況調査をすることや要望を聞く活動は、非常に大事な活動だと感じました。聞き取った内容は、市や県への要望にも反映され、すでに改善へとつながったものもあります。
震災の話のあとには必ず、原発にたいする今後の不安が語られました。自らの生活や子どもたちの将来に直結するだけに非常に不安な思いも抱えておられました。
原発問題も含め、地元の方々の気持ちに寄り添った活動、生活再建策が望まれており、この視点は絶対に欠かしてはならない、と実感した5日間でした。